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太陽の子  (春の号) bP23   2008年  4月



目 次

1,NPO法人設立自立支援 / 小又克也

2,居宅介護事業開始にあたり / 菊地祐二

3,又、また昔話 日立市心身障害者歯科診療所開設までの歩み / 清宮烋子

4,日立守る会だより / 佐藤芳昭

5,24時間テレビ福祉車輌贈呈

6,お知らせ

7,ご寄付ありがとうございました

8,編集後記


NPO法人設立と自立支援

日立市太陽の家 園長 小 又 克 也
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それは1960年代のアメリカ、障害をもつ学生の運動から始まった。IL運動と呼ばれるこの運動は、ノーマライゼーション とともに全米に広がり、障害者の自己決定と選択権が最大限に尊重されている限り、たとえ全面的な介助を受けていても人格的 には自立していると考え、自己決定を自立の中心的な価値として位置づけた。従来の「日常生活動作(ADL)の自立」から 「自己決定の自立」へと自立観が移行したのだ。今、この障害者の自立観は福祉先進国で広く理解され、我が国でも障害者自立 支援法の根幹をなしている。さて、それぞれの福祉現場ではどれほどその理解が広まっているのか、このことが障害者自立支援 の方法と中身に大きく影響を及ぼす。
同じ60年代、全国重症心身障害児(者)を守る会は、「一人ももれなく守る」の理念のもと、最も重い障害をもつ人たちの支 援を始めた。公的な支援は軽い障害者を対象に始まる傾向がある中で、ちょうどトンネルを掘るように、両側から掘り始めると 早く開通し、すべての障害者に光が当たると考えたのだ。
この4月にスタートしたNPO法人日立太陽の家と居宅介護事業は、障害者の自己決定を自立の中心的な価値とする自立観の理 念を踏まえ、そして重度の障害を持つ方々の支援をすることから始めたいと考えている。そうすることがすべての障害者の自立 実現へ繋がると信じるからである。


居宅介護事業開始にあたり

菊 地 佑 二
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特定非営利活動法人日立太陽の家は、障害者自立支援法に基づく居宅介護サービスの提供を開始しました。
事業開始に当たって、利用者、またはその家族に居宅介護とはどんなサービスなのかを説明し、意見や要望を聞きました。入浴 の回数を増やしたい。外出したい。親から離れて自立生活がしたい障害者。我が子の将来を考えた時、施設入所より、自分が見 られるぎりぎりまで家庭で見ていくことを望んでいる親。介護は決して一人で背負うものではありません。障害者の自己決定が 尊重され、地域の中で生活できるよう、在宅での生活を可能にするシステム作りが求められてきました。
ニーズがあるところを満たしていくのがこの事業の一番の目的です。今後は、居宅介護計画書に基づき利用者のニーズに即して、 計画的にサービスを提供します。

◎居宅介護サービスの内容
@身体介護…食事や服薬の介助、排泄介助、入浴の介助や清拭、着替え、洗面や身だしなみの介助、体位の変換や通院の介助など。
A家事援助…利用者の食事の用意、衣服などの洗濯、居室の掃除や整理整頓、布団干し、日常生活に必要となる物品の買い物、 薬の受取りなど。
B通院等乗降介助…着替え、持ち物確認、車両までの移動介助、乗降介助など。
C重度訪問介護…居宅において入浴、排泄、及び食事などの介護、調理、洗濯及び掃除などの家事全般、外出時における移動中の 介護などを比較的長時間にわたり行います。

◎地域生活支援事業(移動支援事業)…利用者の社会生活上必要な外出及び余暇活動などの社会参加のための外出を支援します。 この事業は、日立太陽の家居宅介護事業所が日立市から委託を受けて実施する事業です。

◎つばさV号車の活用
日本テレビ「愛は地球を救う」から寄贈された自動車をフルに活用し、サービスの充実を図ります。

◎利用までのながれ
@利用者またはその家族が日立市障害福祉課に支給申請をし、利用できるサービスの内容、量、利用者負担額を決定します。
A受給者証が交付され、事業所に、サービスの利用を申し込み、重要事項説明後、契約を結びます。
B事業所は居宅介護計画書を作成、それに基づきサービスを提供します。
居宅サービスを上手に利用して頂けるように、生活などに関する相談、助言その他の生活全般にわたる援助を適切に行っていき ます。事業所のスタッフは、専門的な技術を持って望むのは勿論ですが、利用者の立場に立った介護に心がけ、真心のこもった ぬくもりのサービスを提供します。
利用者とその家族の暮らしを尊重し、これから先も安心して日常の生活が送れるよう、サービスを提供していきたいと思います。


又、また昔話 日立市心身障害者歯科診療所 開設までの歩み (二)

清 宮 烋 子
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中沢千代子さんが太陽の家に来て下さったのは、昭和51年11月、翌52年4月から園長に就任された。偶然ながら、 間所先生も昭和51年11月に鹿島町の現位置に神尾歯科を開業され、小児歯科を診療されるということで、太陽の家 を含む五施設が出来上ったばかりで、通園する子供達も通院するようになってきた。
昭和62年の『太陽の子』に昔話(その21)に当時の障害者歯科診療について、『県の口腔センターで毎週月火水に 予約診療があり、それに準じたようなことが日立で出来れば』と書いてあるが、その頃には色々なことが動き出していた。 間所先生は近くにある施設に関心を持たれ、偶然に当時駅に近い場所にあった『マージョ』というティールームで、守る 会の出発から初代会長の渡辺済先生と大きく関っていた滝口悟さんに会った。滝口さんが週刊誌に書いた重障児関係の記事 を読んでのことである。太陽の家についてもっと知りたいと話し、滝口さんはすぐに中沢園長に紹介した。中沢さんは園長 を退職されても名誉園長として守る会の在宅訪問指導などに専心しておられ、(重障の子供は特に)生活の中心と言ってよ い位関係の深い歯科に悩んでおられたので、力強い協力者としての間所さんの関与はどんなにか嬉しい事だったかと思う。
間所先生は、自分では何も言えない子どもたち、何とかしたいと悩む親、それを献身的な体当りで少しでも改善したいと 取組む中沢さんの姿に、どうしたらいいのか、と色々考えられた。そしてもっと勉強したいと思って下さった。平成2年に は東北大学歯学部斉藤峻教授に色々と相談しておられる。国立大学との気の遠くなるような手続きをされて、平成4年4月 から東北大学歯学部附属病院研修生として一年間仙台に通われた。


日立守る会だより

日立重症心身障害児(者)を守る会 会長 佐藤芳昭
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今年も長かった受験シーズンも終り、悲喜こもごも、まさにこの時期は受験生を持つ家庭は本当に大変な時期であり、 我が家でもそのような時期があったことをしみじみと想い出します。
そしてこの季節は出合いと別れの時でもあり、人々の心を色々な色や模様に変えてくれる時でもあります。この原稿が 印刷され皆様の手許に届けられる頃は桜のシーズンとなり、新入生や新社会人が胸膨らまし希望に満ちて自分の道を歩 み始めていることでしょう。
これから幾多の困難に直面することと思いますが、自分の夢の実現に向け、絶対に諦めることなく突き進んで欲しいも のです。
つい最近NHKのテレビで全六回シリーズのドラマで「フルスイング」というドラマを見ました。このドラマはプロ野 球のコーチが、ある年突然解雇され、一年発起して59才で或る高校の教師になり、一年二、三ヶ月でガンのためこの 世を去ったのですがその期間の体当り精神での生徒や先生、そして家族との絆などを含め、どのように奮闘してきたか、 を描いたものでした。30年間に亘るプロ野球のコーチ生活から得た体験、経験を教育の世界にも活かし自分の職務を 全うしたコーチの物語でありました。そして非常に感銘を受けた言葉があります。一つ目は「大きな耳」、二つ目「小 さな口」そして「やさしい目」の三つに心掛けて人を指導しなさいとの言葉です。これは自分がコーチ時代に培かわれ た自分なりの哲学ではないでしょうか。まさしく人を育て、指導する場合は非常に大切なものであり、誠に含蓄のある 言葉ではないかと思うのです。そして生徒達には「夢」と「最後まで諦めないこと」を時にふれ折にふれ自分の経験を 踏まえての話は非常に説得力があり常に全力で事に対処している姿には見る人は勿論、当事者はより強く感じると思い ます。
十人十色と云われるように一人ひとり全部異なり一つとして同じ人はいませんが、人の根底に流れている考え方の基本 は全ての人に共通しているのではないでしょうか。従って良いものを見聞きした時には感動もし、共感もするのだと思 います。
私はこのような方々の生き方に触れる度に思うのですが、この人にめぐり合えた人々は本当に幸せだったのではないか ということです。羨ましく思います。人間若い時から素晴らしい生き方をしている人と出合うか、出合わないかでその 人達の考え方も大きく変り生き方についても又しかりで、新社会人になられた人や新入学生なども素晴らしい人々にめ ぐり合えることを祈らずには居られない気持ちです。
私などもこの年代になっても常に反省、そして多少でも良いものを吸収することに努めるよう心掛けておりますがなか なか思うようにならず、日々苦慮しているのが現実です。日々研鑽というところでしょうか。
最近非常に話題にもなり、ベストセラーにもなっている「女性の品格」という本があります。どのような内容の本なの か買って読んでみましたが、女性ばかりでなく男性にも非常に参考になるところ大であると感じながら読みました。 内容的には普通生活の中での極当り前の事について実行すること、例えば礼儀正しくすることや、言葉使いなど本当に 一般的な事柄について書いたもので非常に読み易く分りやすい参考になる本ではないかと思います。このような本がベ ストセラーになるということは逆な云い方をすれば、女性も男性も一般的には品格というものにあまり関心がないから なのか、それを確める意味でもこの本がベストセラーになっているのだろうかなどと思ったりもしております。
今年は前号でも書きましたが障害者関連の福祉制度や法が見直しされ、改正される年でありますが、障害を持つ子供が 人生少しでも生きがいのある生活が出来るよう夢を持ち諦めずに品格を持って会の活動を運営していかなければならな いと考えております。
歩みは遅いですが少しでも良い方向に一段一段昇っていくことが重要であり、延いてはそれが全体に関係してくると思 っており、これからも皆さんとともに活動して参りたいと常に思っておりますのでご協力よろしくお願いします。


二十四時間テレビ福祉車両贈呈     TOPへ

昨年の4月あの24時間テレビ「愛は地球を救う」のチャリティーキャンペーンのお知らせが太陽の家にも届きました。 支援をする側される側という従来の枠を超えた「共生」という視点から、福祉・環境・災害援助の三つの柱を中心に活 動を行っているとの趣旨。ラッキーチャンスのクジをもらったようで太陽の家もさっそく申し込みをしました。 審査にはいろいろな書類を提出。日本テレビの担当の方が直接太陽の家を視察、療育内容等園長とも話しをしていかれ ました。ようやく内定通知が届いた時には職員を始め利用者のみんなとも小躍りして喜んだのを覚えています。 12月には贈呈式が行われ日本テレビまで中山会長、小又園長が式典に出席しました。年が明け二月、待ちに待った車 が届きました。送迎車に乗れないで自家用車でご協力くださった皆様、ありがとうございました。さあいよいよ運行開 始、記念すべき初乗りは誰になるのかな?


△お知らせ▽

《四月》
 ・お花見
《五月》
 ・春の遠足
 ・内科健診
《六月》
 ・守る会奉仕作業日


ご寄付ありがとうございました

○次の方から寄付を頂きました(敬称略)12月〜2月
黒澤弘明 とく名 大津俊広
日立厚生医院島崎和夫 日立厚生医院仁和会 中山達之助 赤津浩 プメハナフラグループ小又千賀子 浅川ちよ 薄井澄子 鎌田節子 有馬郷子 善和会 村田理恵
○次の方から物品の寄贈がありました(敬称略)
12月〜2
月 椎名則夫 大森郁子 善和会 有馬こう 村田理恵 有馬郷子 鎌田節子 大森光久
◎入園
・今井かおりさん(18才)
・宮本正輝さん(18才)
新しい仲間が増えました。
◎ボランティア退任
・浜中千穂子さん(9年)
・加藤由美(7年)
深い愛情のもと利用者さんを始め職員にも接していただきました。ありがとうございました。


編集後記

春の温もりや桜の便りと共に太陽にも新しい風が吹き込んで来ました。今まさに一筋の光の差すほうへ、 一歩ずつでも確実に歩んでいけるこの時をとても幸せに思える今日この頃です。 K記        TOPへ