太陽の子  夏の号 bP40   2012年7月     HOMEへ戻る     バックナンバー



目 次

1,『風の家』にはさわやかな風が、そして… / 小又克也

2,ケアホーム職員の紹介 / 玉木美沙・長谷川綾奈・向尾洋子・川又陽子

3,日立守る会だより / 佐藤芳昭・與澤千代子・今井かおり

4,お知らせ/ご寄付ありがとうございました

5,編集後記



『風の家』にはさわやかな風が、そして…      TOPへ

日立太陽の家ケアホーム「風の家」
管理者 小 又 克 也


 たくさんの祝福を受けて開所した『ケアホーム風の家』、約一ヶ月が過ぎ、ほほえましい場面や喜びの声などが見聞きできました。
 今まで短期入所に踏み切れなかった親子が一大決心をしてのケアホーム体験利用、我が子を送ってきてなかなか帰ることができないお母さん、 心配で夜中にこっそり「風の家」の前までやってきたお父さん、どの親子も本当に素敵だなと思います。 『太陽の家だから安心して預けられました……。』お母さんからは最高にうれしい言葉もいただきました。環境が変わって眠れないかと心配して いたのに朝までグッスリのGさん、興奮してずっと起きていたSさん、添い寝をしてみて少しだけ触れることができたかもしれないご家族の思い、 「風の家」には新しい発見がいっぱい詰まっているようです。我々職員にとって夜勤は初めての経験です。緊張と戸惑いの中、眠い目をこすりな がらもこれらの新しい発見や笑顔に出会えるからこそ「風の家」の歩みを進めることができるのではないかと、そのように思っています。
 今回「風の家」のために準備したいくつかの備品・設備の中に「ガス発電機」があります。先の東日本大震災の時に経験した数日間の停電で、 「人工呼吸器」や「吸引器」などの医療機器を利用する重症児(者)とご家族のご苦労は、本当に大変なものでした。その教訓を生かし、今後 「風の家」に電気、ガス、水、食料、医薬品、おむつ、寝具などを備蓄整備することにしました。災害時に重症児(者)家庭で在宅生活が困難に なったときに、一週間程度なら何とか命を守ることができる環境を整えることができるよう、それらを『日立太陽の家』と『風の家』の役割のひ とつとして位置づけることにしました。しかしながら一法人でできることは限られていますし、その対象者も限定されています。今後は関係機関、 関係施設と連携して、より多くの障害児(者)、そして家庭を守っていくことができるように環境整備をしていくことが重要であると考えております。


ケアホーム職員の紹介      TOPへ

スタート! 玉木 美沙

 ケアホーム『風の家』が2012年5月1日よりスタートしました。
 生活介護からケアホームに異動になると聞いたとき、第一声は「イヤです。」でした。私は決められた線の上を歩くことに安心を覚え、新しい 何かを始めるということに臆病になっていたからです。
 不安な気持ちを抱えたまま、私は北欧研修へと出かけました。ケアホームの見学もさせてもらいました。そのとき真剣に話しを聴き、写真をこ れまで以上にたくさん撮っている自分に気がつきました。そして“私はこれからケアホームで働くんだ。どのようにしたら利用者が安心して過ご せるか考えなければならないんだ”と不安だった気持ちからやる気に気持ちが変化していました。
 帰国してからは、少しずつケアホームスタートにむけて歩み始めました。東日本大震災の影響でなかなかケアホームが建たず、ほんとにスタート できるのかという不安な想いもありましたが「なんとか間に合わせる!」という大工さんのパワーに負けてはいられないと言わんばかりに買い出し に出かけました。何もないところからのスタートのため、電化製品からトイレットペーパー、調味料まですべてそろえなければなりませんでした。 毎日買い物の日々でヘトヘトでした。しかし、一つまた一つと部屋が完成していくのを見て、やりがいをとても感じていました。
 5月1日、ケアホームスタート。今まではみなさんの昼間の顔しか知りませんでしたが、今度は夜の顔も見られます。布団が変わって眠れない人、 眠れる人。早起きの人、声をかけるまで眠っている人。さまざまです。多くの場面でたくさんの笑顔が見られます。環境が変わっても、変わらない 笑顔で安心させられることが何度もあります。
 ケアホームの建物は完成しましたが、中身はまだまだ未完成のままです。みなさんが利用していく中で、少しずつ完成していくのだと思っています。 試行錯誤を繰り返し「また利用したい!」と思ってもらえるケアホームを作っていきたいです。まだまだスタートしたばかりです。みなさんと一緒に ケアホームをスタートさせましょう。ご協力よろしくお願いします。


新人職員として 長谷川 綾奈

 今年の4月から新しい職員としてお世話になっています長谷川綾奈です。私は去年の9月に初めて太陽の家へ見学に来ました。 その時「笑顔あふれる明るい場所」という印象を受けました。この印象と同時に、一対一の関わりをしているところに、私が利用者の方々と過ごし たい関わりは太陽の家の関わりと同じだと思いました。
 太陽の家で働かせていただいてから2ヶ月が経ち、ここで過ごす時間はとても楽しく、家族のような温かさのある場所で利用者の方々と一緒に 過ごすことができて、毎日幸せを感じています。5月から始まったケアホームの職員として働き始めて、利用者の方々の笑顔や隣にいてくださる 存在にいつも励ましていただき感謝しています。利用者の方々と過ごす日々では、毎日たくさんのことを学ばせていただいています。 利用者の方々から学ばせていただいたことの倍以上のことが、これからできていけたらと思っています。今、過ごしている一日一日がたくさんの 新しい発見ばかりで、一日が終わるたびに少しずつではありますが、一歩ずつ成長していけたらと思っています。太陽の家の職員として利用者の 方々や職員の方々と過ごせることにいつも誇りを持ち、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。また、ケアホームの職員の一員として、 温かい家庭のようなケアホームで「ただいま」と帰ってきてくださる利用者の方々の笑顔を忘れずに「おかえり」と迎えたいと思っています。 これからも利用者の方々や職員の方々からたくさんのことを学ばせていただき、日々成長していきたいと思います。
 まだまだ未熟者で、ご迷惑をおかけしてしまうことがあるかもしれませんが、これからも笑顔と元気を忘れずに頑張っていきます。そして、 いつか長谷川と過ごす時間が楽しいと思っていただけるような存在になれたらと思います。これからも長谷川らしく頑張っていきたいと思います ので、よろしくお願いいたします。


利用者さんが思わず笑顔になる、そんな食事を提供し、身の回りのお手伝いをしてくれる世話人のお二人です。

向尾 洋子さん(世話人)


 世話人としてケアホームで働くことになりました。皆さんに楽しく過ごしてもらえるようにお手伝いしたいと思っています。ガンバリます。

川又 陽子さん(世話人)

 おいしいと笑顔がでますよネ、そんなお食事を作りたいです。よろしくお願いします。




日立守る会だより 日立重症心身障害児(者)を守る会      TOPへ

共に歩もう 会長 佐藤 芳昭


 去る5月12日、茨城県重症心身障害児(者)を守る会の平成24年度総会が開催され、事業報告、会計報告と併せ、今年度の事業計画、 予算等を審議、昼食を挟んでNPO法人日立太陽の家副理事長である小又克也様の講演で総会が無事終了しました。この中の講演について 記述してみたいと思います。
 演題は「NPO法人日立太陽の家の将来めざすところ」と題しての講演でした。講師の障害者福祉に対する自分なりの確固たる信念を ベースとして、今まで自分が取り組んできた事業、これから取組む事業などを話されていました。その一つに、太陽の家として自立支援五事業を 推進しているとの話をされていました。五事業の一つは「生活介護事業」で、命を守り、誰とでも日常生活が出来る状況を作ること、 生きがい支援を目的としての事業。二番目は「居宅介護事業」。平成22年4月に建物が完成し、同時にこの事業を開始した。 三番目は「緊急一時保護事業」。家族が緊急事態発生の際に障害者を預かること。四番目は「共同生活介護事業」。平成24年5月に ケアホーム「風の家」を開設、五人の重症児(者)の住まいの場として運営していく事業であり、五番目の事業は「相談支援事業」である。 これからはこの事業は非常に重要な位置づけを持つようになり、障害者自身、家族を含めての支援事業である。 今後はこれら五つの事業をそれぞれ中味を充実させながら、将来ますます発展させていきたい。講師の五事業についての力強いお話しでした。
 太陽の家を利用している一人として、非常な幸せを感じました。しかし、これらの事業を利用する人たち(主に守る会の会員たち)が その内容を十分理解し、その上で協力やら意見具申やらをして、自分達の施設であるという意識を持って対応することが肝要なのだと思うのです。
 これから色々な局面にぶつかることがあると思うのですが、そのような時こそお互いが協力し、ゆずりあいの精神でこれらの事業が今後 ますます発展するよう、三位一体となって共に歩んで行くことが利用する側(特に日立重症児(者)守る会)の大きな役割なのであろうと 思っております。皆さん、太陽の家と共に歩んで行きましょう。

生きがいをを見つけて 与沢 千代子

 以前はつき・にじエンジョイクラブ活動で色々な所につれていっていただき、沢山の思い出をつくる事が出来ました。それが終了となり、 集う場所がなくなり一抹の淋しさを感じていました。私も一日一日の生活を、なんとかメリハリのあるものにしてあげられたらと思いよく 話し合いましたが、誰かと将棋がしたいとしきりに言われました。そんな時、小又園長に日立市民会館で毎月将棋大会が開かれているのを お聞きしました。最初は一緒に参加してお手伝いをしていただきました。それを期に、現在は日立とひたちなかで月一回ずつ大会に参加し ています。ヘルパーさんにお世話になり、駒を動かすのもヘルパーさん。コミュニケーションがうまくいかないと時間切れとなり、負けて しまう事もありますが、これも仕方の無い事です。日立市の大会では、優勝すると賞をいただけるので喜んでいます。賞をいただいて帰っ た時は、夜、布団に入っても笑顔が絶えず、逆に負けた時は悔しいと反省しきりです。
 朝早くから私が送り迎えをするので「ありがとう」、ヘルパーさんにも「お世話さま、又よろしくね」と挨拶が出来る様になりました。 少々大人になったかナァ。
 昨年はアマ五段の免状をとりました。元つき組のメンバーと月に一度の外出も楽しみにしています。太陽の家の職員の皆様のお陰で充実 した日を送る事が出来る様になりました。私も高齢者の仲間入りをとうに過ぎ、息子を支えて行くのも大変です。ケアホームも開設され 利用させていただく事を楽しみにしています。よろしくお願い致します。

激動の2011年と今年 今井 かおり(父)

 生涯忘れ無い「2011年3月11日14時46分」電気、ガス、水道、道路、鉄道などインフラが全て止まった東日本大震災、 しかし大地震は二回目で「1968年5月16日9時46分」十勝沖地震で学校が潰れ、プレハブ教室で一年間授業を受けたことの記憶がより鮮明です。
 5月に人間ドックで糖尿の気が有ると言われてびっくり、ダイエットを目指して野菜中心、極力炭水化物を取らない食事を試行したが効果少なし。
7月8月9月、節電で土日出勤し、平日休みは長年の習慣から外れ体調が中々良く成らずダイエットも進まず。
 11月会社の同期会で水上温泉に出発したその日昼に、奥さんからの携帯への電話で日立に引返し、かおりは手術二週間日立病院入院で、 40年ぶりに炊事、洗濯をする羽目に、これを機会に食事を変え野菜中心に、体重が減り始める。 年明けて2012年は春から野菜中心生活に役立てばと約10年ぶりに本格的に庭仕事を再開した。
 5月には1968年の地震を体験した学校の同窓会に40年ぶりに参加、30人ほどで髪や顔や体型はほとんど分からないまでに変わってしまったが、 話を始めると青春時代が戻って来た。
 2012年は、地震やかおりの入院などで大変で激動で有ったが、やっと平穏な生活が戻った感じがしています。


○平成24年度日立太陽の家利用者数     TOPへ

総数37名
男性21名
女性16名


お 知 ら せ
ご寄付ありがとうございました


○次の方から寄付を頂きました。(敬称略)3月〜5月
善和会 鈴木貫一 佐藤瑞昭 軍司建設有限会社 小林豊 太陽の家ボランティアグループ 木村邦男 篠田洋一 藤田恭子 海野博光

○次の方から物品の寄贈がありました。(敬称略)3月〜5月
椎名将光 桜井敏幸 小林豊 沼野上香代子 とく名


編集後記


さわやかな風が運んできたものは……少しの勇気とたくさんの笑顔。一歩そしてまた一歩、歩んでいけるこのしあわせをかみしめて、また一歩。(K記)      TOPへ